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思考が変わったきっかけは、人生が変わった場所だった!

私には二人の息子がいる。都会に住み、忙しい毎日をすごしていた私から産まれてきた長男と、より自然に近いパレオライフを通して産まれてきた次男では、マタニティーライフ、出産方法、育児方法はさることながら、二人の健康度合いにも違いがある。この実体験が今回のパレオライフアカデミー立ち上げへと私を導いたのである。

男を妊娠する前の私の‘思考’「私の体は誰かになんとかしてもらおう」が基本だった。抱えていた‘症状’は生理痛、子宮筋腫、子宮内膜症、そして28歳の時に卵巣嚢腫摘出の手術を受けた。生理がくれば当たり前のように鎮痛剤を飲み、花粉の時期がくれば病院へ行き予防で薬を飲むというのは毎年恒例だった。そしてその時の私の‘生活習慣’は、「お腹が満たされれば何でも良い」という食生活、そして夜遊び、お酒、タバコ、というライフスタイルだったのだ。

運動だけは好きだった。18歳から始めたダンスは25 歳まで続いた。しかし椎間板ヘルニアを発症して止めざるを得なかった。27歳から始めたマラソンでは、大会出場後に膝を痛めてしまった。この2つの怪我。これに対しても、「誰か!何とかして!」という考えでいた。そんな考えの元、とある人の紹介でカイロプラクティックを受けにいった。29歳だった。しかしそこは、膝や腰を治してもらう場所ではなく、自分の身体と向き合い健康について考える、そして自分の体質を改善するきっかけとなった場所だったのだ。これが私の人生を大きく変える場所になるなんて、その時は思ってもみなかった。レントゲン画像と私のカルテを見て先生は「生理痛や子宮筋腫は生活習慣病だよ」と言った。ショックだった。まさか、という気持ちでいた。しかしそれは本当だった。それから私は背骨に通っている神経のケアを受けながらマラソンを続けた。運動とカイロプラクティックの融合である。それから4ヶ月経った時、それまで冷や汗をかきながら過ごしていた生理期間が快適だった。これは私の中で一番の身体の変化だった。自分の身体は自分で改善できるのか…私の‘思考’が変わり始めた瞬間だったのである。

長男のアトピーが私に教えてくれたこと

娠は難しい・・・医者にはそう言われていた。しかしライフスタイルを少しずつ変えていた私は結婚してすぐに妊娠した。お腹にあった子宮筋腫を抱えたままの苦難のマタニティーライフの始まりだった。入院を余儀なくされ点滴を打たれた。ストレスを抱えやすく感情の起伏も激しかった。産道の脇にあった子宮筋腫が邪魔をして結局帝王切開での出産となった。赤ちゃんを取り出した後に私の子宮にくっついていた8個の子宮筋腫はその時に切開した。地獄のような時間だった。カンガルーケアなどどうでもよかった。そして出てきた長男は生後間もなく重度のアトピーを患い、夜泣きもあり、私は眠れない日々が続いた。健康じゃない子を育てるのはこんなに大変なのか。私は育児ノイローゼ寸前、彼の皮膚を見て毎日泣きながら右往左往していた。しかし時間をかけて私は彼の体についてあることに気付いた。そしてそれに基づいていくつかのことを徹底して行った。すると2ヶ月で彼の皮膚からアトピーは消えていったのだ。「人間の身体は、こうやってできているのか・・・。」また新しい発見だった。

目指せ!TOLAC 成功への道

王切開後の経膣自然分娩はハイリスクだということは知っていたが私はチャレンジするつもりでいた。思い切って家族で東京から離れた自然の多い葉山町へ引っ越すことを決めた。手に取るものも次第に変わっていった。できるだけ自然なもの、自然な場所、自然に従った生活を、求めるようになっていた。住む環境を変えたことでスローなライフスタイルに次第に変化し、気持ちも穏やかになっていった。そんな中、2人目を妊娠することを宣言して狙い通り妊娠できた。TOLAC(帝王切開後の自然分娩)成功に向けた私のマタニティーライフが始まったのだ。

次第に大きくなるお腹を抱えて、気が付いたら私は裸足で砂浜を歩くようになっていた。波の音を聞きながら、ゆったりとした気持ちで過ごしていた。もはやストレスは何もなかった。TOLACへの不安が無かったかといえばそうでもない。最大のリスクである子宮破裂への不安、また帝王切開になってしまったら・・・?頭をよぎったことは何度もある。しかし自然に近いライフスタイルを過ごすことで、これらの不安や恐怖はそれに打ち勝つ自信へと変わっていった。

私の‘思考’は「自分の体は自分でなんとかできるはずだ」にシフトしていた。それを裏付けるものが代替医療師Vanilla先生の授業だった。様々な実体験が知識によって裏付けられ、全ての点が線となった。これだ!私の中でスイッチが入った。そして気づいたら私のライフスタイルがパレオライフそのものだったのだ。「強い陣痛さえくれば産める」湘南鎌倉総合病院井上産科部長の言葉がいつも頭にあった。そのためのホルモン、自律神経、脳と神経の働き、カイロプラクティック、生活習慣、全てが私の中でリンクしていた。やるべきことはわかっていた。自分の身体で実験してみようと決めていた。

満月の夜の奇跡

2015年7月2日、その日は満月だった。これだけ自然に近い生活をしているのだから満月の日に何か赤ちゃんからアクションがあるかもね、と助産師には言われていた。まさか、本当にそんなことがあるなんて。まさにその日の夜にアクションがあった。産院へ連絡をしてすぐに入院。お産センターで微弱陣痛の中私は眠れない夜を過ごした。陣痛中はメディテーションを繰り返した。3日夕方、ついに陣痛が強く、強くなっていった。思い描いていた通りの陣痛だった。睡眠に入る間際の感覚。夢なのか現実なのか。私は無我夢中で出てこうよしている赤ちゃんに「ガンバレー!ガンバレー!」と声援を送った。嬉しい痛みだった。それから6時間が過ぎ、7時間が過ぎ、お産に入った私はいきむことなくただただメディテーションを繰り返して深い呼吸をしていた。

赤ちゃんがたった数センチの産道を通る。その時私は本当に野生に返っていたと思う。神秘的だった。頭が出たり入ったりしながら、最後は長いため息のような吐く息と共に、ついに赤ちゃんが出てきた。TOLACは成功に終わった。井上産科部長が産声を聞いて部屋に入ってきたのは夜中の3時ごろだった。お産の邪魔をしないように部屋の外で待っていてくれた先生のご配慮には感謝しかなかった。医療介入を一切しない自然のお産に、先生は次の日もその次の日も余韻に浸っていてくださったのが印象的だった。

意識が変わったことで人生が変わった!

ても穏やかで健康そのもの。良く寝て夜泣きは無い。健康な子を育てるのはこんなに楽で楽しいものなのか。2人目の余裕もあるのかもしれない。しかし確実にパレオライフで成し遂げたナチュラルバースの賜物であると私は確信している。私の‘思考’は今や「人の体を作った力が体を癒す」ということを確信している。TOLAC を果たした瞬間、ヒポクラテスの言葉が本当であることを確信したのだ。人間の体が持つ素晴らしい力に限界などないのだ。もう何の迷いもない。あとはこれを世に伝えていくだけだ。私は使命感を持って、このパレオライフアカデミーを立ち上げたのである。一人でも多くの人に、子どもたちに、家族に、届きますように・・・心からそう願っている。

河村 直子

Naoko Kawamura河村 直子

白百合女子大学で教員免許取得後卒業、8年間の国会議員秘書を経て30歳で美容会社を設立。日本初の美容家・メイ牛山を師と仰ぎ、美容方法を数多く学ぶ。その後、化粧品事業に携わるも大事なのはやはりインナービューティーであると考え化粧品を手放しインナービューティーを極める。1児の母親でもあり、ママモデルとして数々の雑誌に登場しながらママ目線でのビューティーや子どもの健康についてなど、発信している。育児や自然と共存する中で「エナビューティー」を発見。2013年に食育アドバイザー資格取得。2014年には日本化粧品検定第1級取得。

  • パレオライフアカデミー主宰
  • セミナー&パレオ食講師
  • パレオ協会会員
  • エナビューティスト (第一人者)
  • 食育アドバイザー
  • 2boys mama
  • BICHELIN所属美容家
PLA Staff